

※公園内案内看板より
「しんせいすぎやまそうけんぎょうしょうとくひ」と読みます。
県立博物館の裏手、偕楽公園事務所の前の駐車場の横にあります。
本名は、杉山和一。(1694年 享年85)
津藩士の子供として慶長慶長8年(1603)に生まれたが、幼くして失明して、江戸に出て鍼術をきわようとしたが、あまりにも出来がよくないので師の門を追い出されたが、再び舞い戻り、一変して鍼術を学んだ。
その後、杉山は管鍼法という独特の術を創出し、多くの弟子に伝授して杉山流鍼術は全国的広まり、日本の主流の技法になっています。
5代将軍綱吉の病にも施術し、盲人の最高位とされる関東総検校に任じされた。
管鍼法は、鍼を鍼管の中に入れ鍼管からでた鍼柄を叩いて皮膚に刺入する方法で、刺入後は鍼管を外して各治療を行なう。これは、一度挫折した時に実家へ帰る途中、偶然転んだ時に竹筒に入っていた松葉が痛みもなく足に刺さったことから考案されたといわれている。