孝女登勢碑




※公園内案内看板より

公園の小高い丘の一番広い広場にあります。

現在でも共感できる孝行の功績である。
その話とは、

登勢は裕福な農家生まれたが、妾腹の子だったので農家の養女になった。しかし、その農家に実子が生まれたので、6歳の時に伝蔵夫婦の養女になった。
ところが、養父母は病弱なため、生活にも困りは果てるようになった。
登勢は、養父母を養うため近くへ奉公に出たが、その合間に養父母の元へ帰り孝行を尽くした。夜も家に帰るように心がけた。
近所の者が、「なぜ、養父母の下へ帰るか」と聞いても「両親を案じて」と答えるのみ。

養父母は、病気が重く、朽ち果てるのを覚悟で善光寺へ参詣しようと出発したが、これを聞きつけた登勢は後を追いかけた。
飢え死にしかかっていた養父母は、登勢が追いついてくれたことを神様に感謝した。
半年後にやっと村に戻ったが、養父母の病気が重くなり、登勢は奉公を止めてて看護に専念した。

「孝子ならびに奇特なる者あらば申し出よ」との仰せ事があり、村役人より登勢の話を申し上げたところ、津藩主はその孝行を聞き、米二十俵と田1反を与えた。




サイトMENU

Copyright (C) 2007 桜の名所 津偕楽公園ガイド. All Rights Reserved.